“celebration bath-time” リラックスするだけでなく、
元気になれるバスタイム。
ご褒美のようなバスタイム。
朝、目覚めてシャワーを浴びるときも
夜、帰宅後お風呂に入るときも
新しい自分に出会える、そんな時間を作りたい。
それは、バスルームがセレブレーションの場所となるという発想。
機能や効率から得る快適性よりも、
そこに居るだけでハッピーやジョイといった
ポジティブな気持ちで毎日いられることは、
日常のようでいて、実は、非日常なのかもしれない。
そして、人がもっとも無防備になる場所で、
より安心して過ごせることを大切に。
バスルームでの状況や行動、感覚を改めて考え、
「もっとこうであったらいいのに」というアイデアを形にしました。 concept by klein dytham architecture
代官山 T-SITE/蔦屋書店(2011)やGINZA PLACE(2016)、
カルティエ 心斎橋ブティック (2021)など、数々の代表作を手がけ、
東京を拠点に現代の建築デザインシーンを牽引する建築設計事務所、
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)。
建築、インテリア、公共スペース、インスタレーションといったさまざまな領域を
交差する彼らが描いたのは、色鮮やかな花のモチーフをタイルで表現したバスルーム。
そこには、ポジティブなマインドへと導くことにフォーカスした、
彼らならではの自由でやわらかな発想がありました。
text by mana soda
photograph by momoko japan
アストリッド・クライン(以降K)バスタイムは、身体をきれいにしてリラックスする時間ですが、「今日一日うまくいったから、きれいに終わろう」とか「生きてて良かった!」と、自分を称えるような「セレブレーション」の方向に持っていきたいと思ったんです。それは自分へのご褒美の時間で、身体を洗うこと以上に、きれいになるようなイメージです。
マーク・ダイサム(以降D)僕は朝入浴することが多いので、バスタイムは一日のはじまりの行為。だからこそ、バスルームには明るくて気分が盛り上がる雰囲気が欲しいと思いました。
K一日のはじまりにも終わりにも、バスルームでの「セレブレーション」はすごく大事。これは最初から出てきたキーワードでしたね。だから、機能的なものよりも、もっと元気でハッピーな、自分の気持ちを盛り上げるようなものを作りたいと思いました。それで、色から刺激をもらえるようなカラフルなデザインにしました。バラの花をモチーフにしたのは、「セレブレーション」のイメージに最も近いと感じたから。そして、その美しさを感じながら香りを想像をしてもらいたいです。とてもハッピーなデザインになったと思います。
久山幸成(以降H)今回このバスルームをデザインをしてみて、やっぱりカラフルっていいなと思いましたね。バスルームって、色をあまり使わずにニュートラルな雰囲気でリラックスするというイメージが割と強いですが、一方で日本人は、入浴剤で色を楽しむことも多い。実は、意外と色を求める気持ちもあるのかもしれないですね。
Dお風呂に入る時間は大体10~30分くらいで、リビングなど他の部屋にいる時間よりは短いからこそ、カラフルにしてもいいのかなと思うんです。カラーセラピーにもなり得ると思います。
Kそう。この色づかいがバスルームではない場所だったら、疲れてしまうかもしれないですよね。デザインでいうと、マークは早い段階から、「ターキッシュバス」*に注目していましたね。モザイクタイルやデコラティブなデザインの空間で身体をきれいにすることが、私たちの考える「セレブレーション」に似ているなと感じました。
*ターキッシュバス:トルコ語で「Hammam(ハマム)」と呼ばれるトルコや中東などで広く知られる伝統的な公衆浴場。日本語では「トルコ式風呂」とも呼ばれる。浴槽はなく、現代で言うスチームサウナやあかすり、岩盤浴、剃毛などが浴場内の各所でおこなわれており、リラクゼーションの場であるとともに、社交の場でもあった。
H最初はバスタブのみというアイデアもありましたよね。リサーチを深めていくうちに、日本の古いお風呂や、五右衛門風呂*なども参考にしていきました。
Kそう。そこで「丸みがあるとやさしい」というアイデアが出ましたね。バスルームは裸でいる時間が長く、自分が一番弱い状態であると思うんです。だから、その無防備な身体に対するやさしさが大事だと考え、できるだけ角をなくして、このようなデザインになりました。
H洞穴のようだし、動物の巣のようにも見えますね。
D最初はユニットを1列に並べたり、L字型にしてみたりしましたが、最終プランは4つのかたまりになりました。より安心を感じられるデザインになったと思います。
*五右衛門風呂:江戸時代から親しまれていた風呂の一種。かまどの上に鉄釜を据えて、その上に大きな木桶を取り付けた形状。豊臣秀吉が石川五右衛門をかまゆでの刑にしたという俗説からその名が付けられたと言われている。
K2002年にイタリアのインテリアデザインの雑誌「INTERNI」の「INTERNI IN PIAZZA」という9組の建築家やデザイナーが参加した企画で、ミラノの街の広場に展示したインスタレーションですね。「INTERNI IN PIAZZA」は英語で「INTERIOR ON THE SQUARE」。もっともパブリックな「広場」で見せるもっともプライベートな「インテリア」という意味があったので、そのコントラストをつけたくて、インテリアの中でももっともプライベートな「バスルーム」を作ったんです。
バスルームって、硬い素材でできていて、冷たくて滑りやすい、ちょっと危ない場所にも思えるから、もっとソフトに表現したいと考えていました。当時ちょうどイタリアでTechnogel®(テクノジェル)*という素材が開発されており、そのやわらかい素材を使ったタイルでバスルームを作ったら、温かみがあっていいなと思ったんです。そこに更に遊び心を加えて、日本でもおなじみのお風呂に浮かぶアヒルのおもちゃで型どったタイルで作った作品です。
*Technogel®(テクノジェル):イタリアで開発された水のようにやわらかく、固体のように形状記憶する特性を持つ新しいジェル素材。身体の形や動きに合わせてフィットし、寝具やチェア、医療現場等でも採用されている。
Courtesy of Klein Dytham architecture
Kイタリアのバスルームは、まさに「ルーム」という名の通り、とても広いです。私の実家のバスルームはこのくらい(ミーティングルームの半分ほどの広さを示しながら)あって、バスタブ、シャワー、トイレ、シンク、あとは椅子やコーヒーを置くテーブルなんかもありました。日本のユニットバスと違って、他の部屋とバスルームに大きな区切りがなかったように思います。欧米だとシャワーの方が多いし、バスタブに長く浸かることはありません。でも日本では、とにかく湿度を高くして熱いお湯に毎日浸かる習慣があるので、バスルームは他の部屋とちゃんと区切らないといけないことを知りました。
Dイギリスはまたちょっと違うのですが、バスルームにはちょっとトラウマがあります……(笑)。設備がすごく古く、ボイラーも大きくはない。あとは床がカーペット敷きな上に排水溝がないので、お湯はバスタブの1/3くらいしかためられません。いっぱいにしたらお湯が溢れて水浸しになってしまうから。シャワーも昔はなくて、お湯の蛇口と水の蛇口にY字のホースをつないで、温度調整しながら使っていたんです。
Kそのシャワーは、私もロンドン時代のトラウマでした! たまにお湯の蛇口のホースが抜けて、脚の上に熱いお湯が流れてきたりして……(笑)。そんなバスルームに、トイレがあることも嫌で……だから必ずお風呂とトイレは別にしています。
Hホテルのユニットバスを手がける時、トイレとバスタブの間にシンクを置く設計にすることが多いのも、そのトラウマがあったからなのでしょうか。(笑)
Dカスタマイゼーションやビスポーク(オーダーメイド)といった考え方でしょうか。特別な色や材料、ディテールを選べるようになることが、これからのバスルームに求められてもいいと思うんです。それは車のカスタムと似ているのかもしれない。
Kそうですね。もっと特別感のある選択肢があればいいなと思います。私たちはよくホテルのデザインを手がけていますが、床材も壁材も照明も、大体いつも同じようなメーカーのものしかないことが多いです。でも、それだと家とお風呂とあまり変わりません。このように、ユニットバスそのものが、あまり現代的ではないと感じています。もっとイノベーションが必要ですし、次のフェーズに入らないといけないと思います。たとえば、生活にはプラスチックが溢れていて、マイクロプラスチックは人間の身体にも影響を及ぼすこともわかっています。再生プラスチックを使うことも大切だとは思いますが、もっと立ち戻って自然の素材を使ったり、新しいものを作るのではなくて、いまあるものをうまく使ってものづくりをしていけたらいいなという気持ちがあります。きっとそう感じている人も多いと思うので、ホテルの全室には無理だと思いますが、限られた場所だけでも、そういった事例を実現できたらいいですね。
H僕は自宅のバスルームを、改修のタイミングでアートウォールにしたんです。なかなか気に入っていて、音楽やポッドキャストを聴きながら、自分の時間を過ごしています。息子も気に入ってくれたようで、スピーカーを持ち込んで、ガンガン音楽を聴きながらお風呂に入っていましたね。だから、自分の好みに合わせてカスタムすることはやっぱり大事なことだと思います。
Kあと、外の景色は必ず見えるようにしたいです。
Hそうですね。もしその環境がなかったとしても、グラフィックとか別の手法で外を感じられるような空間にできるといいですよね。
Kぜひ、このコンセプトデザインプランを、実現したいですね。実物ができればそこからもっと、理想のバスルームへの選択肢が広がっていくと思うんです。
Klein Dytham architecture
クライン ダイサム アーキテクツ(KDa)
アストリッド・クライン astrid klein 代表
多言語・多文化の豊かなバックグラウンドを持ち、アートへの深い情熱から、形や色、質感が織りなすユニークなデザインの感性をもつ。KDaでは、記憶に残るアイコニックな建築と、ヒューマンスケールで居心地のいい空間デザインで、ディスティネーションとなる、楽しくて訪れたくなる場所づくりを目指している。またKDaが創設した「PechaKucha」は、世界1,300都市に広がるネットワークとして愛されている。
マーク・ダイサム mark dytham 代表
英国生まれ。ロンドンのロイヤル · カレッジ · オブ · アートで建築を学び来日。伊東豊雄建築設計事務所を経て1991年にアストリッド クラインと共に、建築、インテリア、家具デザイン、インスタレーション、イベントなど多岐にわたる分野で革新的な活動を行うKDaを設立。国際的なデザインイベントで多数公演を行うほか、国内外の大学で教鞭をとっている。2000年には、日本での活動が英国のデザイン文化の普及に寄与したと評価され、名誉大英勲章 (MBE) の称号を英国女王より授与される。
久山幸成 hisayama yukinari シニアアーキテクト
横浜国立大学工学部建設学士号取得。兵庫県赤穂市生まれ。1996年よりKDaに所属。KDaの設計アプローチに対する深い理解が、プロセス全域に渡る豊富な経験と素材や施工に関する幅広い専門知識をきわ立たせる。アーティスティックな感性を投入しながら作品に向き合い、建築・内装設計全体をまとめる中枢的存在。KDaの手掛けるほぼ全てのプロジェクトに携わっており、主な作品にはDAIKANYAMA T-SITE、GINZA PLACE、星野リゾート リゾナーレの建築プロジェクトなど。関東学院大学と桑沢デザイン研究所で非常勤講師として教鞭をとる。NPO法人HOME -FOR- ALLの理事として「みんなの家」の取り組みにも深く関わっている。
www.klein-dytham.com