静謐な寛ぎも、 アップテンポな高揚感も。
オートクチュール素材の自由なデザインで
浴室空間の概念を覆す。 浴室に求めるものは安らぎだけでしょうか。
暮らしの様々な状況やシーンに応じて、人の心は変化します。
喜びに沸き立つ時は、目に映るものも色鮮やかに。
元気が足りない時は、ちょっとした剌激で気分が変わることも。
人生という長い時間軸で住まう人に寄り添う情景的なバスルームを
窓のない空間にイメージしてみました。
床、壁、天井のそれぞれの素材が響き合い、
見る角度や光の在り方によって、シーンが移り変わります。
湯船と洗い場、浴室と洗面室は、同じ空間にありながら、
そこにあるはずのものが見え隠れする仕掛けも施しました。
華美でも、大げさでもない、日常のプロセスを
丁寧に紐解いたデザインや造作の妙で、
浴室という一つの舞台装置がエモーショナルに展開します。
想定したのは、都心の閑静な住宅街に建つ高級レジデンス。
多種多様な住まいの在り方に、日々移り変わる心の有り様に、
時に優しく、時には楽しく、語らうように触れてくる
世界にたった一つのオーダーメイドのユニットバスです。
バスタイムが楽しくなる驚きと遊び心を感じてみてください。 concept by mineto yoshimura
デザイナーの吉村峰人さんが所属する「乃村エ藝社」は、商業施設やホテル、展示空間など、
多岐に亘るデザインを手がける国内随一の空間総合プロデュース企業。
領域をまたぐ豊かな知見と発想力が、吉村さんのバックボーンです。
機知に富む考察と大胆な手法が生み出す無窓のバスルームからどんな情景が浮かび上がるのか。
心地よさのコンセプトとプロセスを解き明かします。
text by hisako iijima
photograph by yu kawakami
filmed in cooperation with R100 tokyo ( ReBITA inc. )
住まいの豊かさはどうあるべきか——頭の中に常にあるのは、住まう人に寄り添ってデザインすることで、何かそれまでにはなかった新しいシーンやストーリーが生まれたらという想いです。今までもそういう心持ちでレジデンスやホテルなどを多く手がけてきましたが、果たして浴室のデザインはどうだったのか。このプロジェクトが気づきのきっかけになりました。
リビングやダイニングなどの居室は壁や素材、色、家具の質感など、細部に至るまで幅広く選択肢があります。しかしながら、ユニットバスの場合は選べる要素が限られているからと、デザイン思考の幅を自ら狭め、寄り添うデザインが希薄になっていたように思えました。
バスルームはもっと自由でいい。静謐さや寛ぎだけではない、アップテンポな高揚感を伴う浴室のデザインも選択肢にあっていい。たとえば、仕事に向かう前に気を引き締めるためにシャワーを浴びたり、小さなお子さんと楽しむお風呂時間もあります。水との向き合い方は状況に応じて人それぞれですから、使う人がいろいろ選択できるお風呂の楽しみ方を提案したい。これは、浴室の概念を変えるチャレンジでもあります。デザインする側の意識までをも変えてしまうような、新しい日本のお風呂シーンを作ってみたいと思いました。
概念を変えるなら、デザイナーの夢想や主義主張では通らない。できるだけリアルな提案になるよう、自らに条件を課しました。窓のない浴室という命題です。窓が見せてくれるのは、風景や光といった移ろいゆくもの。たとえば、人は光が美しいと気づいた時に心が動きますが、窓がないと心情に変化が起きにくい。しかし実際は、過去に手がけたマンション住戸の案件でも窓の確保できない浴室がとても多かったというのが実情なんです。
目指したのは、窓がなくても心が動く、まるで情景があるかのように感じられるバスルーム。そこに使う人の想いが重なれば、何かストーリーが生まれるだろうという想定です。
具体的なデザインは、時間軸を切り口にしました。バスルームには、いくつか時間軸があります。お風呂に浸かる時間、体を洗う時間、隣接する洗面室で身支度する時間軸も。単純にお風呂に入る時間軸を最優先に考えると、浴室はできるだけ広く素敵にということになりますが、洗面室は二の次になり、洗い場もただ体を洗うだけのこだわりのないスペースになりがちです。でも例えば、洗面室からちらりと見える浴室が、居室の延長上にあるような家具的空間に見えたら、それは住宅建築の新しい景色にもなりえます。
もう一つ、デザインのアプローチとして意識したのが、見え隠れです。居室の設計は空間に置く家具の大きさや配置はもちろん、生活動作の目線の高さも考慮します。料理をしながらキッチンから何が見えているか、屈んだ時に目の端に何が映るか。壁の角度や壁の厚みにより、視線をコントロールし、見える、見えないをデザインの要素の一つとして捉えるこの手法は居室だけではなく、浴室にも応用できます。
そこで、風呂場と洗い場の間に曲線壁を設置します。これが今回のプランの一番のポイントです。わずか十数センチの壁がそこに一つあるだけで、風呂場からは洗い場が見えなくなる。壁の裏側にはシャワーとシェルフが隠れていますが、湯船に浸かっている時は視界に入らないので、ノイズが目に入らず包まれ感が増して没入できます。
一方、洗い場には使用頻度の高いシャンプーやトリートメントを置くシェルフとは別に、ミラーの裏側に収納スペースを設けました。頻繁に使わないバスグッズはそこにしまっておけば、すっきりと片付きますし、徹底してノイズレスにということならシェルフは要らない、ミラー収納だけにしようというようにカスタマイズも可能です。そして、このミラー収納自体も洗面室から見ると浴室らしくなく、インテリアのように見えるでしょう。大がかりな造り込みをするわけではない、曲線壁と収納でバスルームの世界観をがらりと変えるご提案です。
この1、2年でニューヨーク、トロント、ミラノを旅して、一つ気づいたことがあります。訪ねたのは、オープンして何年も経っているけれど、ずっと愛され続けているホテルや商業施設。デザインで表現しているのは寛ぎだけではない、色の力をしっかり使っているという印象が強烈でした。遡れば、大学時代にも旅先で色に圧倒されたことがありました。スペインのサグラダ・ファミリアで、多くの人が目を奪われるあの独特な外観ではなく、中に足を踏み入れた瞬間に、大きな衝撃を受けたんです。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光に体ごと包み込まれるような感覚で、言葉もなくただそこに呆然と……。
のちに手にしたガウディの本にこんな一説がありました。「自然界には色の境目がない」と。色は単色ではなく、グラデーションで繋がっている。葉っぱも、水も、光も、繊細な色の連なりが目に映る形になっているのだと。それが、私たちが目にしている情景。情景を創り出しているのは色なんです。
その気づきもあって、ここ数年は色に対して果敢にチャレンジするようになりました。デザイナーが何か仕掛けたり、きっかけを作る時に、色はとても有効です。ただし、内部空間の場合は人工的な光と自然光の両方の影響を受けますし、家具や壁に使う色は素材の質感も伴うので見え方がより複雑になります。つや感や奥行き、あるいは、片側からは黒に見えるのに、もう片方からは飴色の漆に見えるといった光の当たり方による色合いの変化も。つまり、色をインテリアに使うとその力が増大する。そういう視角的な色の移ろいを、日頃からデザインチームで探求しています。
色彩の表情や奥行きを追求するために左官や金物、タイル職人さんなどの工房を訪ねることも度々あるのですが、バスルームの曲面壁に使うタイルは、島根の瓦屋さんで試作した手焼きの石州瓦から着想しました。釉薬の濃淡や油絵のような筆のタッチをあえて残した膨らみ、重なり、焼成時の偶発的な色ムラなど、一つとして同じ表情がないこのグラデーションタイルは、オリジナル素材のオートクチュール。複数のバリエーションを選択することで、シックな風合いからアップテンポな色合いまで、様々な情景を創り出すことができます。
湯船にゆっくりと浸かっている時の視線は上向きになることも多いので、見上げる天井にも好きな色を選べるといいですよね。浴室は伸びやかな空間を作ろうとして床色も統一しがちですが、壁、天井、床の色まで切り替えできるバリエーションの選択肢が増えたら、バスルームの世界観は無限に広がると思います。
無窓空間において重要な要素がもう一つ、光の在り方も効果検証しました。着想する上でヒントになったのがマンハッタンのクラウンビルに2022年にオープンしたホテル「Aman New York」です。スイートの寝室と隣接する浴室の中央には、楕円形のクラシックなバスタブがひとつ。その周りを屏風のようなパーテーションで囲っています。間接照明が仕込まれている各々のパネルは開閉式で、すべて開け放って開放感を満喫するか、クローズドな籠もり感に浸るかは気分次第。あなたの好きなように設えてくださいという演出に、浴室のデザインは大いに考える余地があると痛感させられました。
方や日本の浴室は、天井からのダウンライトが一般的です。ダウンライトだけだと、壁に及ぼす影響は明るいか、暗いかの二択しかありません。そこで、このプランにはホテルや高級物件で良く使われる天井際の間接照明を取り入れてみました。四方をすべて間接照明にして、その四隅をアール曲線にすると、柔らかな光が壁面をなめるようなニュアンスが加わります。調光で明るさを絞った時の変化の度合いも明確なので、光に浮かび上がるグラデーションタイルの表情もより情緒的に感じる照明計画です。窓がない浴室空間だからこそ、光の在り方に対しても積極的にアプローチしていく必要があると思います。
空間設計の要は、内装意匠ではないと思っています。大事なのは、お客様と一緒に作り上げる空気感ではないかと。そういう心持ちに至った原点は、高校時代にあるような気がします。子どもの頃から絵を描くのが好きで、進学校に入ったものの、大学受験に確信を持てずふつふつとしていた当時。よく通っていた喫茶店でふと、そこに集う人たちの様子に目が留まりました。毎日決まった時間に現れる人、黙々と本を読んでいる人、外国人の先生と英語のレッスンをしている人。100円ちょっとのコーヒーにたくさんの人が集まって、さまざまなストーリーが生まれている。人が寄り添う場所を作るってすごいなぁと、空間に興味を持ちました。
デザインの仕事は、「かもしれない」出来事を想像する愉しみが伴います。このレジデンスにも「かもしれない」を想定したいくつもの仕掛けがあります。キッチンの側面に貼ったバーガンディーのファブリックは、そこを背景に花瓶を置いて写真を撮る人がいる「かもしれない」。大きなキッチンに鮮やかな差し色が入ることで家具として見てもらえる「かもしれない」。デザイナーの独断や断定ではない、使う人、住まう人に委ねるプレゼンテーションです。ですから、予定不調和も前向きに捉えて、常識を覆せるまで何度も再検証します。新しいものを生み出そうとすると無意識にブレーキがかかりますが、今まではこうだったけれど、そこをこんな風に変えてみたら?と再検証に切り替えると、結果的に今までになかった新しい体験空間が生まれる「かもしれない」。
案件に取りかかる最初のご挨拶ではよく「空気を作ります」というお話させていただきます。素敵なキッチンやベッドルームには、主の個性があります。私はそれを「匂い」と表現しているのですが、その匂いを嗅ぎ取るプロセスがデザインの鍵になるので、自邸ならまず、お客様のライフスタイルを伺います。ご夫婦であれば、忙しい時間は?寛げる時間は?など、お二人それぞれの時間軸を紐解いてみると、奥様とご主人が一番良く会話しているのが朝の洗面所だということが分かったりします。ならば、その洗面室をどこよりも大事に、素敵にデザインしましょうというように、日常体験をストーリー化してデザインに落とし込んでいきます。
お客様と一緒に考え、共感し合い、出来上がった空間をともに愛でるような特別なプロジェクトは、デザイナー冥利に尽きます。完成して終わりではなく、その後も良い関係性が続きますから、アフターフォローもしやすいですし。発案段階からお客様と相談しながらプランを進める「aq.」のバスルームは、作り手も自分ごととして喜びを分かち合える共創空間です。素敵なバスルームが作れたおかげで家族円満ですと言ってもらえるかもしれない……そう思うと実現が待ち遠しい、「aq.」のデザイン体験はこれから先の設計にも良い影響を及ぼしそうです。
吉村 峰人 mineto yoshimura
乃村工藝社 クリエイティブ本部 デザイナー
1983年生まれ。多摩美術大学環境デザイン学科を卒業後、2007年に乃村工藝社に入社。物販店、レストラン、ホテルなどの非日常的な商業施設やレジデンス設計など、幅広い領域のデザインに携わる。「そこにいる人々の心の動き・空気を“まるごと”デザインする」をモットーに、カジュアルからラグジュアリーまでライフスタイルに関わる多彩な表現で活躍する気鋭のデザイナー。
www.nomurakougei.co.jp
nomlog対談記事「Crafted Designの未来」 https://www.nomlog.nomurakougei.co.jp/article/detail/222/